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2005/10/13 (Thu) 01:36



「元ジュンカッツのジュンの方」

そう聞いて、
浅丘ルリ子似な渡辺満里奈の旦那を思い浮かべる20代前半がどれだけいるだろう。
かくいう自分も彼については昔フレンドパークで前説をしていたとか、
最初からネプチューンという三人組ではなかったといった程度の知識しかなくて、
当時のコンビ名もたまたまナイナイ岡村がラジオの中で、
「アイツとよう電話すんねん」と漏らしたとき、初めて耳にしたのだった。
そんな元ジュンカッツのジュンの方が出てる深夜番組をある晩何気なく見ていると、
一人の女の子が「リップとガムは一度コレって決めたら絶対変えないの」といっていた。
そして女の子が今週の尺は取ったとでもいいたげな顔をしていると、
思い当たる節があったのか、元ジュンカッツのジュンの方もエラを張り出して、
「そうそう俺もオロナミンCずっと飲んでんねん」と安めぐみに力説していた。

いわれてみればそんな気もする。リップやガムと自分との関係は至ってドライだ。
結婚した途端に付き合ってた頃と比べてすっかり緊張感を失くしてしまった二人とは違う、
つかず離れずなアンバランスさがそこにはあるのかもしれない。
たとえば、キヲスクでの「コレ頂戴」「ハイ百五円」に僕は一瞬だけスリルを感じる。
番台の森光子やたばこ屋の原ひさ子みたいなおばちゃんとの間にではない。
相手は数多の雑誌に追いやられて片隅で陣取っている心ない直方体の群れであり、
「華麗なる賭け」でマックイーンとフェイ・ダナウェイが交わした熱いチェスを、
「ヒート」で銃撃戦の前にデニーロとパチーノが楽しんだ会食をこちらに仕掛けてくるのだ。
非なんかない。でもたじろいでしまう。つまんでは戻しを繰り返してしまう。なぜだ。
昔の人に、今の人に、あとこれから先の人に、
「ねえほんとにそれでいいの」と陳列棚から試し見されてる錯覚を覚えるからだろうか。

固くて冷たい座椅子の上でそんなことを考えてたら「じゅん」「じゅん」としました。

2005/09/28 (Wed) 00:29



今年でデビュー27周年のサザンが新作を発表する。

そう考えると僕の生まれた翌々年から彼らは大活躍してたわけで、
これまた僕の生まれた翌々年にできた安楽椅子を眺めながら感無量な気分になる。
感無量になりながら、切なくもなる。
さんまが50の大台を越えた自分に「半世紀ちゃん」と命名したらしいけど、
サザンが果たして「半世紀ちゃん」を迎えられるかというと九分九厘無理だと思う。
もちろん解散だの活動停止だのといったニュースが流れればすごくすごく悲しいはずだし、
死ぬほど好きではないにしろ、桑田の歌に救われたことも二度三度あったし、
ブランキーのときみたいに、ラストライブはたぶん横浜アリーナへ絶対絶対見に行くだろう。
でも不思議なことに、切ないながらも受け入れ状態はすっかりできているのだ。
中二の夏に同じクラスの石井君と買った「孤独の太陽」は今でも大切な宝物だけど、
あの日以来、ファンクラブ「応援団」に入るか否かを一生の命題にしようと心に誓ったはずが、
一生かけて考えてる間にメンバーが一人抜け、
一人は髪が抜け、一人は持病のヘルニアでツアーから抜け、
ひょっとしてそのうち全員いなくなっちゃうんじゃないかという有様になっている。
そうやって酔って浮かれたような熱い胸騒ぎも、自然と醒めていくものなのかもしれない。
昨日も三枚組のベスト盤の、特によく聴く青い奴を引っ張り出してきて、
一曲目の「涙のキッス」から順繰りに過去の思い出と重ね合わせていたところ、
アルバム最後の曲になる「YaYa」の冒頭で

むーねーにーのこーるー いーとしーひとーよー
のみーあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあん
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

行為が始まってしまった。

2005/09/25 (Sun) 02:20

先週今週と終電を寝過ごしています。

先週は寝過ごした先でタクシーを呼んだまでは良かったんだけど、
家まで数分の場所に車が停まって運ちゃんから「ガムあげるから降りてよ!」と泣かれても、
「延滞料払うからもう少し寝かせてよ!」と聞く耳持たなかったそうです。酷すぎる。
今週は休日の終電で乗客も少ないところまでは良かったんだけど、
以前通っていた教習所近くの駅まで「電車」という名のゆりかごに揺られ続けたあげく、
以前通っていたのとは逆ルートで、
なぜだか急に豚汁が食べたくなって、途中のセブンでがっついてから歩いて帰りました。
「そういや今晩も豚汁だったっけなあ」と顔をほころばせつつ、
なにげにいまだに寝過ごすことには一切の罪科を感じません。困った物です。

茅場町-日本橋-大手町-竹橋-九段下-神楽坂-早稲田-高田馬場-落合-中野

東京メトロ東西線には「九段下」という駅があって、
靖国神社や日本武道館や皇居のお堀なんかにご用の人がちょくちょく利用されています。
僕は九段下を乗り換え専用としてしか使ったことがないんですが、
この「乗り換え」という作業が寝過ごし常習者にとっては非常に厄介で、
というのも自宅でどんなに時間をかけて駅探とかマピオンの地図を駆使したところで、
寝過ごしてしまえばすべて御破算だからです。
ここ最近「PDCA」とか「プラン、ドゥ、シー」とかいう言葉をちらほら耳にしますが、
プランがドゥのせいでシーする前にパーなのです。
今まで九段下絡みで発生した寝過ごしの中でも、とりわけ「最低だなあ」と思ったのが、
九段下で「降りよう」と思って、下り線の終着駅で「降ろされた」ことです。
九段下といえば東京のど真ん中ですが、
下り線の終着駅「西船橋」といえば東京ではなく千葉、千葉もいいところです。
しかも乗っていたのが運悪く終電だったため、
ホームに降り立った瞬間、「バン」「バン」「バン」と等間隔でほとんどの照明が落ちました。
それが酔いどれの惚けた目にはことさら美しく映ったのか、
酒臭いため息を漏らしながらアステアばりの千鳥足で近くの交番へ向かうと、
応対したのがこれまた運悪く血の気の多い新米巡査だったため、
「野宿やだから金貸して」と今時珍しい正攻法を試みると、真っ先に人格全否定されました。
留置所送りにならなかっただけマシかもしれません。命あっての物種です。

そんな具合でリバー・フェニックス少年も腰を抜かすほど、
電車の走っていない鉄道をとぼとぼ歩く、通称「夜のピクニック」に僕は精通しています。
だからといってそれが大っぴらに履歴書の特技欄に書けるわけもなく、
書けないからといってやめる努力をするでもなく、
たぶん来週もまた何らかの飲み会があって、主催するか便乗して、
酔って、潰れて、寝過ごして、
午前零時を過ぎた頃、財布を覗けば遠足ではおなじみの「所持金500円」しか残ってなくて、
「まいっかいいかけまいっか」みたいな調子でナイトクルージングが始まるのです。

2005/09/21 (Wed) 15:25

我が家の周辺は地区ごとで出せるゴミが違ってたりするので、
ゆうべも大量のペットボトルを抱えて近所のスーパーにチャリで向かったのだった。
我が家のチャリは全部で三台あり、
それぞれアメリカ生まれの「ジャガー」にスウェーデン生まれの「ボルボ」、
あと単にメタリックってだけで馬っぽい名前だから「シルバー」と三車三様である。
とりあえず「大気は一日不安定」「夜から大雨」ってめざましで皆藤ちゃんが言ってたから、
中でも路面の変化に素早く対応できて相性もいい「ボルボ」を選択。
ユビキタスレボリューションばりのスムーズなチューニングを済ませて家を出た。

そして現地で一通りペットボトルを捨てきったところで、
よく遊びに行く知人のおばあちゃん宅に苺ヨーグルトがもう少ないことを思い出した。
ストックというのは「ないない」で育てられた人間ほど強く意識するもので、
自分のような、団塊世代に育てられた飽食世代出身者にはとんとして頓着がない。
たとえばコンビニで毎晩バイトしてたときも、
店長の小西からモップ&ワックスがけと同様、口酸っぱく言われていたのが在庫管理で、
でも彼がダイノジの大地君に激似だったもんだから、
幼少期に松平定信もびっくりの質素倹約を親御さんから申しつけられたり、
煮え湯を飲まされていたとしてもそんなこと下っ端の我々には知ったこっちゃないって話で、
いつ小言の合間に「小西ですけどお」って言われるかと思うとイライラは募る一方だった。
結局同僚と示し合わせて監視カメラの回ってない、
見事に「直線の死角」と呼べる場所で廃棄食料のほとんどは食い潰していたし、
水商売の姉ちゃんにくっついてヒモの真似事のような生活を送っていた頃も、
「この封筒一応渡すけど絶対すぐ空けちゃダメだからね、空けても浸かったら承知しないよ。」
って二段階のくさびを打たれても逆にそれが仇となってアパートを追い出されたのだった。
まあ自分はこれでもよかったんだけど、ことおばあちゃんに至っては死活問題で、
朝昼晩の食事と同等いやそれ以上のウェイトを日常に占めているのではないかというほど、
彼女のヨーグルトに対する執着心たるや目を見張る物があった。
よっぽど鼻先に人参をぶら下げられながら走らせても貰えない駄馬以上に屈辱的な、
ヨーグルトにまつわる何らかのトラウマを抱えているに違いないが、
とにかく同じヨーグルトでもブルガリアやらチチヤスやらナチュレには見向きもしないし、
ましてやちょっと背が縮んだからって子供扱いしてプチダノンなど差し出そう物なら、
丑三つ時に「八つ墓村」の山崎努よろしく狂気の形相で起き上がったかと思えば、
炊飯器からおこげのついた白飯をありったけしゃもじに積んで、
フロア全面ショッキングピンクで誂えた我が家の自室へ夜這いをしかけてくること必至である。
つまり「おばあちゃんの死活問題」が引いては「自分の死活問題」なのだ。
しかし、ここで我々の前には最大の壁が立ちはだかる。
最大の壁、それはおばあちゃんが恐ろしく「面食い」ということだった。
そのハードルたるや結婚相談所の条件絞り込み型ピックアップシステムに匹敵する高さで、
イシンバエワが名のある大会で一センチずつ記録を更新していく小憎たらしさというか、
一つ例を挙げれば同じ「アロエヨーグルト」でも、
本体はともかく、果肉が入ってる時点でスリーアウトチェンジゲームセットなのである。
あれの売りといったらあのぷちぷちっとした食感の果肉に尽きると思うのだが、
あのぷちぷちが口の中に入った瞬間、真っ先にちり紙を取り出してペッとやってしまうのだ。
とはいえプレーンヨーグルトもあまりお気に召さない様子で、
まず考えなければならないのは消費者の需要であるから云々といろいろ考えた結果、
何も買わずに帰ることにしました。シェークでも作るよおばあちゃん。

2005/09/20 (Tue) 01:06

痰の切れない一週間であった。
ヴィックス舐めてもヴェポラップ首周りに塗ってもただ単にすうすうするばかりで、
僕が卒園式一歩手前か小学校校上がりたての頃に見た
昼ドラの高木美保ばりに情念むき出しといった様子の咳ばかりしている七日間であった。

月曜は岩本町から秋葉原へのくんだりで横切る公園にたむろする斜陽族と、
待ち合わせのみならず今後の交際も反故にされた若者一名としばしの珈琲たいむを過ごし、
火曜は「もうおうち帰れないでしょ?絶対酔ってるよーおれんち泊まろうよー」と
やたら人生に前向きというかこと恋愛に関しては肯定口調のチャラ男に颯爽と踵を返し、
水曜は東京都大井町を神奈川県川崎市と言って聞かないゆとり教育の敗北者と盃を交わし、
木曜は漫喫のネットカフェで堪え性のない性欲を余すことなく吐き出す一般客Aを熱演し、
金曜は新橋駅からなだれ込んできた営業三課の田中君ご一行様を陰ながら足蹴にした。
そして土曜は笑ってやり過ごし、
日曜は西新宿で知恵熱の出そうな勉強のあと出来合いのカップルに年寄りの打ち水。
月曜は二週間近く前に白の照明をてらてらとつけた東京タワーを背に芝浦まで歩いた。

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