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2005/06/22 (Wed) 16:47

Lullaby

玉葱というのは実に不可思議な野菜である。
人間と同じで、調理法次第では甘くも辛くも酸っぱくもなる。美味くも不味くもなる。
というのも今朝方ユースの試合にエキサイトしすぎてしまい、
自分のTシャツがすっかり玉葱色の匂いを放っていることに気付いた私は、
今その何とも妖艶で魅惑的な加齢臭に軽い眩暈を起こしながら日記を書いている。

また昨日も、不自然にならない程度に身体を動かすべく電車に乗った。
また帰宅ラッシュ時だったせいか、会社員や専門学校生はそろって虚ろで、
やがて電車が乗り換え線の三本ある大きな駅に停まると、
おそらく10代後半から20代前半と思しきマンバ二名が乗り込んできたのだった。
一人は「ふぞろいの林檎たち」の中島唱子みたいな、というたとえがぴったりで、
もう一人は「北の国から」の中島朋子みたいな、という比喩がおあつらえ向きだった。
ちょうど私はチャック・パラニュークの「ララバイ」を読み終えたばかりで、
冒頭部分で描写されているクロスワードのことを思い出して
「こいつら10文字でいうたら"amvibalent"やな。スペルちゃうか」などと考えていたら
突如彼女たちは乗車率90%以上の中心でうんこ座りをし、
手慣れた動作で化粧とメールついでにコンビニで買いたての弁当を広げ始めた。
次の駅で乗ってきたおばあちゃんおじいちゃん、
立ち歩きを始めたばかりの女の子とその母親が二人の膝にぶつかって蹴躓いた。
おばあちゃんおじいちゃんは苦痛に顔を歪ませるばかりで、
愚痴一つこぼさぬ母親の代わりに泣いて正常に異常を訴えるのは女の子だけだ。
他の乗客はうっさいぼけしねとでも言いたげな舌打ちや咳払いを繰り返しており、
殺気に近い視線を感じ取った母親はすいませんすいませんと頭を下げている。
そして当のマンバは、笑っている。馬っ鹿じゃねえの何こいつ泣いてんだろマジ弱ぇ。

ところで、「ララバイ」に登場するテーマの一つに「徹底破壊の正当性」がある。
殺されるべきと思う人間を、自分が殺さない理由は果たしてあるのかという問題だ。
パラニュークも解説の川本ケンも「ない」としている。私はよくわからない。
「わかっているのは、何もわかっていないという一点だけだ。」
ただ「ない」という意思を実行に移すかどうかは、また別の問題だと思う。
少なくとも私にマンバをどうこうする資格はない。
いつだったか法学の講義中、教授が最前列で眠る私に質問したことがあった。
「女性が離婚後6ヶ月は再婚できない一番の理由って何だと思いますか?」
パブロフの犬は答えた。玉葱の皮を剥くように、ごくごく自然に。

「罪悪感」

口に出してすぐ、「細胞レベルから人生やり直したい」と思った。
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