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2005/06/16 (Thu) 22:11

la7842001.jpg

買いだめしていたひき肉と卵で軽くそぼろをつくった。
カップスープのミネストローネと一緒に適当に食べ、食器を洗い、
ベランダに立って「皆さんの声を政治に!」という女性の選挙演説を聞いた。
「皆さんの声を政治に!」の「皆さん」とは、いったい誰のことを指すのだろう。
以前ある授業で、腐った江川達也似の教授がブチ切れたことを思い出した。
たしか私の横にいた男女2、3人の私語が原因だったような気がする。
男の一人が合コンでお持ち帰りした女の子はなんと同性だったとかいう話で、
しかも選挙演説に近い音量とテンションで喋ってたもんだから江川は切れた。
そのとき彼は2度の世界大戦を例に挙げ、
2つの巨大勢力が均衡を保つ難しさを分析した学説を紹介していたのだが
「おいちょっと!」いきなり怒鳴った。「いったいぜんたいどういうつもりだよ」
数分前に「暑いったらありゃしないね」という独り言とともに紺のジャケットを脱ぎ、
上半身は白のポロシャツ一枚になっていたにもかかわらず、
江川はその額と腋から滝のような汗とラフレシアのような悪臭を発していた。
加えて100人ほどの学生が退屈な講義に身を持て余している授業である。
グループの誰一人として謝罪の言葉を述べるつもりはなさそうだったし、
それを見咎める外野も皆無だった。
「こうやって一生懸命説明してんだからさあ。ちゃんとしようよ。頼むよみんな」
「みんな」って誰だよ。はは。誰かが笑った。江川は自嘲的になった。
「自分がおかしいのはよくわかってるんですよ」卑屈な笑みが浮かぶ。
「みんなの冷ややかな視線も痛いほど感じます」
何を言っているのだこの男は。だから何だ。それに出たまた「みんな」だ。
もはや学生たちとの勢力均衡を保つことが困難なのは彼本人であった。

かつてジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ロバート・ジョーンズは、
「ロックンロールの自殺者」という曲の中で「君の手を!」と叫んだ。
ここでいう「君」とはつまり、私やあなたや彼や彼女を指している。
失うにはもう年老いすぎてるし、選ぶにはまだ若すぎるけれど
君は一人じゃない、さあその両手を差し出してくれとジギーは叫んだのである。
現代その意味が露と消えかかっている目的語には当時それなりの意味があった。
しかしジギーは虚像だった。
虚像を演じ続けることに疲れたボウイは薬物に逃げた。
やがてボウイであり続けることにも疲れたボウイはベルリンに飛び、
イーノと「ヒーローズ」を生み、ナイル・ロジャースと「レッツ・ダンス」した。
そして去年ヴィッテルのCMで見たボウイは、まぎれもないボウイ自身だった。
数十秒の映像の中にはジギーがいた。ダイヤモンドの犬もいた。
そこには、彼の傾き上げてきた人生すべてが凝縮されていた。私は泣いた。
リュミエール兄弟に感謝した。尻は積み重ねてこそ意味があると思った。
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