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2005/09/07 (Wed) 03:49

東京湾を真下に屋形船の真上で携帯をなくした。

突然だが、私は日清のラーメン屋さんよりサッポロ一番の方が好きだ。
なぜって単純計算「ラーメン屋さん」を作るときは「一番」の三倍手間がかかるからで、
まず水を沸かす鍋を「麺を茹でる用」と「スープ用」の二種類出さなきゃならないし、
木訥に名を借りた手抜き料理で満足できるほど私は度量の広い人間ではないから
当然中華鍋の代わりにも使えるテフロン加工のフライパンにも火をかけて、
チャッチャッチャッとあんかけテイストの肉野菜炒めもこしらえる。
しかし作ってる間が楽しい分、口に入れるのが自分一人と痛感したときは後の祭りというか、
スリー!ツー!ワン!でヒモ繋いでないのに気付いてでもバンジー!というか、
ヒモといえば、事実ヒモやってた日々の泡沫をさりげなく走馬燈に編集してみたり、
「ほろっへほいひいへ」「ふたひふひゃはらはい」という相手のほくほく顔を思い出したり
みたいな妄想をするからあれが食べたくなるのはよっぽど生に飢えてるときだと思う。

そしてラーメン問題に引き続き、
今回頭を悩ませていたのは、私の髪型が限りなくふじいあきらに似てきたということだった。
というのも、半年前から伸ばし放題の襟足を短くして貰うよう担当に頼むはずだったのが
バックだけじゃなしにトップ以外はフロントも一切合切刈り込んでしまったらこの残暑だ、
さぞ過ごしやすいに違いないと考えたのがレモニー・スニケット以上に不幸な話の始まりで、
結局ふじいみたいな髪型というよりは私のアイデンティティ自体が没個性と化してしまい、
出先でも「あの『口からジャラジャラ』やって」と言われるまでに至ったのである。
これが舞台を出先から家庭やはたまた路上に移しても要求は相変わらずで、
変化といってもせいぜい「ジャラジャラ」が「ジャンジャン」に変わる程度のマイナーチェンジ、
民家の軒先で雨宿りをすれば、ないトランプを出せと子供に石の礫を投げられ、
寺院の軒下で飢えをしのげば、縄張りを荒らすなとクマネズミに鼻息を吹きかけられ、
半ば途方に暮れかかっていたところへクルーズのお呼びがかかったのだった。

船内は聞きしに勝る亜熱帯だったから、
汗掻くついでに恥も掻き捨ての若い足軽たちがコピペのギャル文字を液晶に映し出す一方、
私と東大M2の友達は、生ぬるいビールの空き缶を灰皿に煙草を解禁していた。
「なんで院生のこと『M2』っていうんだ馬鹿」と私が吹かすと、
「『Master』ってことらしいよ知らないけど馬鹿」と彼女も続けて夜空に白い楕円を描いた。
帰国子女でもないのに「マスター」の発音があまりに良すぎたことや
知らないのに答えてるっていう矛盾なんかはちっとも気にならなかったけど、
見た目からして開襟シャツがお似合いな彼女の倒置法には、随分と皮肉の匂いがした。
とはいえ当の私は、まったく別のことで後悔の念に支配されていたからお構いなく、
ひとまず「加藤里奈すごいね」的な生返事を笑顔で包んで寄越した。

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