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2005/09/28 (Wed) 00:29



今年でデビュー27周年のサザンが新作を発表する。

そう考えると僕の生まれた翌々年から彼らは大活躍してたわけで、
これまた僕の生まれた翌々年にできた安楽椅子を眺めながら感無量な気分になる。
感無量になりながら、切なくもなる。
さんまが50の大台を越えた自分に「半世紀ちゃん」と命名したらしいけど、
サザンが果たして「半世紀ちゃん」を迎えられるかというと九分九厘無理だと思う。
もちろん解散だの活動停止だのといったニュースが流れればすごくすごく悲しいはずだし、
死ぬほど好きではないにしろ、桑田の歌に救われたことも二度三度あったし、
ブランキーのときみたいに、ラストライブはたぶん横浜アリーナへ絶対絶対見に行くだろう。
でも不思議なことに、切ないながらも受け入れ状態はすっかりできているのだ。
中二の夏に同じクラスの石井君と買った「孤独の太陽」は今でも大切な宝物だけど、
あの日以来、ファンクラブ「応援団」に入るか否かを一生の命題にしようと心に誓ったはずが、
一生かけて考えてる間にメンバーが一人抜け、
一人は髪が抜け、一人は持病のヘルニアでツアーから抜け、
ひょっとしてそのうち全員いなくなっちゃうんじゃないかという有様になっている。
そうやって酔って浮かれたような熱い胸騒ぎも、自然と醒めていくものなのかもしれない。
昨日も三枚組のベスト盤の、特によく聴く青い奴を引っ張り出してきて、
一曲目の「涙のキッス」から順繰りに過去の思い出と重ね合わせていたところ、
アルバム最後の曲になる「YaYa」の冒頭で

むーねーにーのこーるー いーとしーひとーよー
のみーあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあん
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

行為が始まってしまった。

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2005/09/25 (Sun) 02:20

先週今週と終電を寝過ごしています。

先週は寝過ごした先でタクシーを呼んだまでは良かったんだけど、
家まで数分の場所に車が停まって運ちゃんから「ガムあげるから降りてよ!」と泣かれても、
「延滞料払うからもう少し寝かせてよ!」と聞く耳持たなかったそうです。酷すぎる。
今週は休日の終電で乗客も少ないところまでは良かったんだけど、
以前通っていた教習所近くの駅まで「電車」という名のゆりかごに揺られ続けたあげく、
以前通っていたのとは逆ルートで、
なぜだか急に豚汁が食べたくなって、途中のセブンでがっついてから歩いて帰りました。
「そういや今晩も豚汁だったっけなあ」と顔をほころばせつつ、
なにげにいまだに寝過ごすことには一切の罪科を感じません。困った物です。

茅場町-日本橋-大手町-竹橋-九段下-神楽坂-早稲田-高田馬場-落合-中野

東京メトロ東西線には「九段下」という駅があって、
靖国神社や日本武道館や皇居のお堀なんかにご用の人がちょくちょく利用されています。
僕は九段下を乗り換え専用としてしか使ったことがないんですが、
この「乗り換え」という作業が寝過ごし常習者にとっては非常に厄介で、
というのも自宅でどんなに時間をかけて駅探とかマピオンの地図を駆使したところで、
寝過ごしてしまえばすべて御破算だからです。
ここ最近「PDCA」とか「プラン、ドゥ、シー」とかいう言葉をちらほら耳にしますが、
プランがドゥのせいでシーする前にパーなのです。
今まで九段下絡みで発生した寝過ごしの中でも、とりわけ「最低だなあ」と思ったのが、
九段下で「降りよう」と思って、下り線の終着駅で「降ろされた」ことです。
九段下といえば東京のど真ん中ですが、
下り線の終着駅「西船橋」といえば東京ではなく千葉、千葉もいいところです。
しかも乗っていたのが運悪く終電だったため、
ホームに降り立った瞬間、「バン」「バン」「バン」と等間隔でほとんどの照明が落ちました。
それが酔いどれの惚けた目にはことさら美しく映ったのか、
酒臭いため息を漏らしながらアステアばりの千鳥足で近くの交番へ向かうと、
応対したのがこれまた運悪く血の気の多い新米巡査だったため、
「野宿やだから金貸して」と今時珍しい正攻法を試みると、真っ先に人格全否定されました。
留置所送りにならなかっただけマシかもしれません。命あっての物種です。

そんな具合でリバー・フェニックス少年も腰を抜かすほど、
電車の走っていない鉄道をとぼとぼ歩く、通称「夜のピクニック」に僕は精通しています。
だからといってそれが大っぴらに履歴書の特技欄に書けるわけもなく、
書けないからといってやめる努力をするでもなく、
たぶん来週もまた何らかの飲み会があって、主催するか便乗して、
酔って、潰れて、寝過ごして、
午前零時を過ぎた頃、財布を覗けば遠足ではおなじみの「所持金500円」しか残ってなくて、
「まいっかいいかけまいっか」みたいな調子でナイトクルージングが始まるのです。

2005/09/21 (Wed) 15:25

我が家の周辺は地区ごとで出せるゴミが違ってたりするので、
ゆうべも大量のペットボトルを抱えて近所のスーパーにチャリで向かったのだった。
我が家のチャリは全部で三台あり、
それぞれアメリカ生まれの「ジャガー」にスウェーデン生まれの「ボルボ」、
あと単にメタリックってだけで馬っぽい名前だから「シルバー」と三車三様である。
とりあえず「大気は一日不安定」「夜から大雨」ってめざましで皆藤ちゃんが言ってたから、
中でも路面の変化に素早く対応できて相性もいい「ボルボ」を選択。
ユビキタスレボリューションばりのスムーズなチューニングを済ませて家を出た。

そして現地で一通りペットボトルを捨てきったところで、
よく遊びに行く知人のおばあちゃん宅に苺ヨーグルトがもう少ないことを思い出した。
ストックというのは「ないない」で育てられた人間ほど強く意識するもので、
自分のような、団塊世代に育てられた飽食世代出身者にはとんとして頓着がない。
たとえばコンビニで毎晩バイトしてたときも、
店長の小西からモップ&ワックスがけと同様、口酸っぱく言われていたのが在庫管理で、
でも彼がダイノジの大地君に激似だったもんだから、
幼少期に松平定信もびっくりの質素倹約を親御さんから申しつけられたり、
煮え湯を飲まされていたとしてもそんなこと下っ端の我々には知ったこっちゃないって話で、
いつ小言の合間に「小西ですけどお」って言われるかと思うとイライラは募る一方だった。
結局同僚と示し合わせて監視カメラの回ってない、
見事に「直線の死角」と呼べる場所で廃棄食料のほとんどは食い潰していたし、
水商売の姉ちゃんにくっついてヒモの真似事のような生活を送っていた頃も、
「この封筒一応渡すけど絶対すぐ空けちゃダメだからね、空けても浸かったら承知しないよ。」
って二段階のくさびを打たれても逆にそれが仇となってアパートを追い出されたのだった。
まあ自分はこれでもよかったんだけど、ことおばあちゃんに至っては死活問題で、
朝昼晩の食事と同等いやそれ以上のウェイトを日常に占めているのではないかというほど、
彼女のヨーグルトに対する執着心たるや目を見張る物があった。
よっぽど鼻先に人参をぶら下げられながら走らせても貰えない駄馬以上に屈辱的な、
ヨーグルトにまつわる何らかのトラウマを抱えているに違いないが、
とにかく同じヨーグルトでもブルガリアやらチチヤスやらナチュレには見向きもしないし、
ましてやちょっと背が縮んだからって子供扱いしてプチダノンなど差し出そう物なら、
丑三つ時に「八つ墓村」の山崎努よろしく狂気の形相で起き上がったかと思えば、
炊飯器からおこげのついた白飯をありったけしゃもじに積んで、
フロア全面ショッキングピンクで誂えた我が家の自室へ夜這いをしかけてくること必至である。
つまり「おばあちゃんの死活問題」が引いては「自分の死活問題」なのだ。
しかし、ここで我々の前には最大の壁が立ちはだかる。
最大の壁、それはおばあちゃんが恐ろしく「面食い」ということだった。
そのハードルたるや結婚相談所の条件絞り込み型ピックアップシステムに匹敵する高さで、
イシンバエワが名のある大会で一センチずつ記録を更新していく小憎たらしさというか、
一つ例を挙げれば同じ「アロエヨーグルト」でも、
本体はともかく、果肉が入ってる時点でスリーアウトチェンジゲームセットなのである。
あれの売りといったらあのぷちぷちっとした食感の果肉に尽きると思うのだが、
あのぷちぷちが口の中に入った瞬間、真っ先にちり紙を取り出してペッとやってしまうのだ。
とはいえプレーンヨーグルトもあまりお気に召さない様子で、
まず考えなければならないのは消費者の需要であるから云々といろいろ考えた結果、
何も買わずに帰ることにしました。シェークでも作るよおばあちゃん。

2005/09/20 (Tue) 01:06

痰の切れない一週間であった。
ヴィックス舐めてもヴェポラップ首周りに塗ってもただ単にすうすうするばかりで、
僕が卒園式一歩手前か小学校校上がりたての頃に見た
昼ドラの高木美保ばりに情念むき出しといった様子の咳ばかりしている七日間であった。

月曜は岩本町から秋葉原へのくんだりで横切る公園にたむろする斜陽族と、
待ち合わせのみならず今後の交際も反故にされた若者一名としばしの珈琲たいむを過ごし、
火曜は「もうおうち帰れないでしょ?絶対酔ってるよーおれんち泊まろうよー」と
やたら人生に前向きというかこと恋愛に関しては肯定口調のチャラ男に颯爽と踵を返し、
水曜は東京都大井町を神奈川県川崎市と言って聞かないゆとり教育の敗北者と盃を交わし、
木曜は漫喫のネットカフェで堪え性のない性欲を余すことなく吐き出す一般客Aを熱演し、
金曜は新橋駅からなだれ込んできた営業三課の田中君ご一行様を陰ながら足蹴にした。
そして土曜は笑ってやり過ごし、
日曜は西新宿で知恵熱の出そうな勉強のあと出来合いのカップルに年寄りの打ち水。
月曜は二週間近く前に白の照明をてらてらとつけた東京タワーを背に芝浦まで歩いた。

2005/09/09 (Fri) 03:49

買い換えたばかりでフル充電の新しい携帯にはメモリがない。

「ゼロからスタート」って耳障りのいい言葉だけど、
地盤看板鞄の何一つない若者が国政選挙に打って出る以上に勝ち目のない賭けだと思う。
要は箸にも棒にもかからない駄洒落を流行語大賞にでっち上げるとか、
今年塩田だった土地を来年二期作用に耕すといった類の無謀な愚策にほかならないのだ。
まあそんなわけでここ数日は旧知の間柄から手当たり次第に聞き込みの頼み込みで、
おとついの晩も大学同期の連中と飲んだついでにせっかくだからと頭を下げてみたところ、
大事な物をなくし、なくしたことを忘れるのが僕の十八番だということを彼らは知ってるから、
含み笑いを浮かべながら、差し障りない程度の個人情報漏洩を快諾してくれた。

とそこへ携帯がぶるぶるした。
ぶるぶるなんてもう何年ぶりだろう。号泣だったら日常茶飯事なのに。
先週も「渡鬼」を見ながらふるふる泣いた。
その日は小島眞ことえなりかずきが台風の目と化した回で、
両親に何やかやを相談しづらくなった思春期の眞が内緒でホームページを作ったものの、
加津の入れ知恵で二人が見ていたことを知って逆ギレ、という話だった。
つーかホームページなんか誰でも見られるのが当たり前なんだし、
もうじき受験を控えた高三とは思えない馬鹿さ加減を象徴した
「俺に隠れて俺の日記盗み見してたなんて汚いじゃないか!」って発言からしてうんこで、
当然「幸楽」は混乱、キミ激怒で五月バッシングという盤石の流れに落ち着くのだが、
ここで普段禿げ散らかしてるだけの父・勇が突然語り出し、僕の涙腺は見事に決壊した。

父さん家庭の事情で大学行けなくてな、一時期は親のこと憎んだりもしたよ。
でもお前の場合は行けるんだから。
眞が行きたいと思ったら行くべきなんだし、行きたくないと思ったらそれでも構わない。
将来の進路なんて、そう簡単に決められるもんじゃないんだよな。
大学行ってさ、これから先のことを考えるっていうのも一つの手だと思うよ。
あと金のことなら心配する必要ないぞ。父さんと母さんがちゃんと何とかするから。

「何とかするの図」が脳裏をよぎっただけでもうダメ、
「息子の父親」って不均衡な構図が垣間見えた時点ですでにストライクゾーンなのだった。
とにかくそのときは映画「東京タワー」の岡田君を意識しながら頬に一筋伝わせて、
その翌週も「Dr.コトー」を見て、時任三郎親子がぎこちなく抱き合ってる姿にふるふるした。
そうあくまで「ふるふる」なのであって、「ぶるぶる」ではなかった。
目をドットにして液晶を覗き込み、掛かってきた番号が登録されてないことを確認し、
自分以外の面々が携帯を弄ってる一人を除いては四人、食と恋愛談義に興じていたので、
さりげなく席を外して電話に出ることにした。

「もしもし」
「(甲高い女の声で)もしもーし♪」
「あのすいません、いったいどちら様ですか」
「えっ覚えてないのー?嘘でしょー!」
「嘘じゃないです。全然覚えがないんで教えて貰えませんか」
「(野太い男の声で)電話変わるけどちょっといい?」
「なんでしょう」

「今から言う口座に30万ばかし振り込んでくれないかなあ」

咄嗟に切った。切ってしまった。
やましいことなんて一ミクロンもないのにしめしめ面白がる余裕は皆無に等しかった僕が
そそくさと席に戻って「振り込め!振り込め!」と興奮気味に語ると、
連中は「はあ?何を抜かしているのだよ君は」といった表情でへらへらしているので、
訝しげに各人の顔を窺えば、さっきメールを打ってると思ってた奴が明らかに「黒」だった。

2005/09/07 (Wed) 03:49

東京湾を真下に屋形船の真上で携帯をなくした。

突然だが、私は日清のラーメン屋さんよりサッポロ一番の方が好きだ。
なぜって単純計算「ラーメン屋さん」を作るときは「一番」の三倍手間がかかるからで、
まず水を沸かす鍋を「麺を茹でる用」と「スープ用」の二種類出さなきゃならないし、
木訥に名を借りた手抜き料理で満足できるほど私は度量の広い人間ではないから
当然中華鍋の代わりにも使えるテフロン加工のフライパンにも火をかけて、
チャッチャッチャッとあんかけテイストの肉野菜炒めもこしらえる。
しかし作ってる間が楽しい分、口に入れるのが自分一人と痛感したときは後の祭りというか、
スリー!ツー!ワン!でヒモ繋いでないのに気付いてでもバンジー!というか、
ヒモといえば、事実ヒモやってた日々の泡沫をさりげなく走馬燈に編集してみたり、
「ほろっへほいひいへ」「ふたひふひゃはらはい」という相手のほくほく顔を思い出したり
みたいな妄想をするからあれが食べたくなるのはよっぽど生に飢えてるときだと思う。

そしてラーメン問題に引き続き、
今回頭を悩ませていたのは、私の髪型が限りなくふじいあきらに似てきたということだった。
というのも、半年前から伸ばし放題の襟足を短くして貰うよう担当に頼むはずだったのが
バックだけじゃなしにトップ以外はフロントも一切合切刈り込んでしまったらこの残暑だ、
さぞ過ごしやすいに違いないと考えたのがレモニー・スニケット以上に不幸な話の始まりで、
結局ふじいみたいな髪型というよりは私のアイデンティティ自体が没個性と化してしまい、
出先でも「あの『口からジャラジャラ』やって」と言われるまでに至ったのである。
これが舞台を出先から家庭やはたまた路上に移しても要求は相変わらずで、
変化といってもせいぜい「ジャラジャラ」が「ジャンジャン」に変わる程度のマイナーチェンジ、
民家の軒先で雨宿りをすれば、ないトランプを出せと子供に石の礫を投げられ、
寺院の軒下で飢えをしのげば、縄張りを荒らすなとクマネズミに鼻息を吹きかけられ、
半ば途方に暮れかかっていたところへクルーズのお呼びがかかったのだった。

船内は聞きしに勝る亜熱帯だったから、
汗掻くついでに恥も掻き捨ての若い足軽たちがコピペのギャル文字を液晶に映し出す一方、
私と東大M2の友達は、生ぬるいビールの空き缶を灰皿に煙草を解禁していた。
「なんで院生のこと『M2』っていうんだ馬鹿」と私が吹かすと、
「『Master』ってことらしいよ知らないけど馬鹿」と彼女も続けて夜空に白い楕円を描いた。
帰国子女でもないのに「マスター」の発音があまりに良すぎたことや
知らないのに答えてるっていう矛盾なんかはちっとも気にならなかったけど、
見た目からして開襟シャツがお似合いな彼女の倒置法には、随分と皮肉の匂いがした。
とはいえ当の私は、まったく別のことで後悔の念に支配されていたからお構いなく、
ひとまず「加藤里奈すごいね」的な生返事を笑顔で包んで寄越した。

2005/09/02 (Fri) 01:21

去年の暮れだか今年の正月に、BSで「阿修羅のごとく」をやっていた。
たしか映画館でも一回見たんだけど、そのときは別にこれといった感想もなくて、
RIKIYAの顔ってスクリーンで見るといびつさが薄れるなあということと
小林薫の「女は、阿修羅だよなあ」ってセリフは身に染みるなあということと
主題歌を歌ってるブリジット・フォンテーヌの声がいいなあということを思っただけだった。
んで、狭いながらも楽しい我が家で見た「阿修羅」の方はどうだったかというと、
これまた大した感想はなくて、白菜って自分で漬けたら美味いよなあと思っただけだった。
じゃなんで「阿修羅」を日記に書くのかって単純な話で、
昼間、うら若き乙女たちに末恐ろしい羅刹の匂いを嗅ぎ取ったからである。
というのも、昨日は「血族」の肩書きを持つ人間が一堂に会するイベントに出席していた。
僕は「親戚の親戚の親戚」という「友達の友達は皆友達」みたいな扱いで、
要は居ても居なくてもいい程度の発言権しかないのに居ないと面倒な立場だったから、
手の施しようもないほどに禿げ散らかした主催者や
従妹のつけてる似非真珠のネックレスを部屋の隅っちょで眺めてたんだけど、
小耳に飛び込んでくる、彼女や彼女の姉や彼女の従妹や彼女の従妹の姉の会話が
自分も剣山の上で串焼きにされるのではないかと錯覚しそうなとげとげしさを孕んでいた。
悲しくもないのに鼻先へハンケチを添えたり、
両耳をダンボにするどころかチャックしてしまいたい話に昭和こいるばりの相槌を打ったり。
女は、阿修羅だよなあ。つくづく化粧臭いといった感じで手酌をしていると、
真横から従妹の父親がへらへらっと笑顔で空のビール瓶を差し出してきたので、
僕も転形劇場を彷彿とさせる芝居で、今そこにない酒を彼と酌み交わした。

2005/09/01 (Thu) 03:48

永久脱毛する位なら永久に生えなくしたいと考えるのが世の常で、
昨日は顎の下と臍の下、あと自慢にもならないちんこをめぐる一連のふさふさを一本一本、
雪待にんにく卵黄を作るような丁寧さ慎重さで全部抜き取ったらとても涙が出ました。
これ以外にあと昨日は、やたらと「ものかき」ばかりしていたように感じます。
今日締め切りという四百字詰め五枚分のレポートに手を入れてみたり、
原稿をくるっと丸めて指三本が余裕で入る見事なオナホールをこしらえたりしていました。
そして翌朝は、Mステのビデオを見ながら半年遅れで完コピしたファンタスティポの振り付けを、
ちょうど我が家へ泊まりに来ていた親戚んちの赤ちゃんに披露してみせたのですが、
何だか流し素麺みたいな顔をされて思わず逃げ出したい気分になりました。
まったくもって、「どんな役者も子供と動物には叶わない」とはおっしゃる通りです。
子供という生き物は大人に対する権謀策術にことごとく精通していながら、
自分が天性の魅力を持っていることに気付かない、まさにダミアンのような輩なのです。
考えてみれば夕べだって、木原実がエキストラの子供たちにオーラで負けてたし。
そんなこんなで責め手を欠いてマニックスの「ホーリー・バイブル」を聴かせてみたところ、
どうやらダミアンはこの子守歌がお気に召したようで、今はすやすやと寝息を立てています。

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