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2005/06/30 (Thu) 05:05

月曜日に脳出血で倒れた祖母を見舞ってきました。

ちょうど昨日で集中治療室から一般病棟にお引っ越しだそうで、
看護婦さんに呼ばれて見に行くと、当人身体を「く」の字に曲げて眠っております。
ベッドの上で痰を絡ませながら寝息を立てる彼女はとても小さく、スウィートでした。
その後都心に野暮用があるため渋々病院を後にしてメトロに乗ったのですが、
自分に続いて男二人女一人が鳴り物入りで駆け込んできてうんこ座りをしました。
三人とも明らかにエリオットといえばスミスではなくミッシーというタイプで、
「今の時間混んでて座れねってたぶん。」「他の車両移っても無理だってば絶対。」
などと蛆を蛆している男どもに女が「ぶち殺すよ。」と真顔で返したので、
おしっこは正直立ってするより座った方が気持ちいい派でかつ痔持ちのO君は
こいつらドリカムちセンターばなんたら吉田美和じゃと乳飲み心にそう感じました。
彼らの横ではアイスキューブみたいなおっさんが携帯片手に大声で喋っており、
相手が何事か口にするたび「アッハン」「ウッフン」と相槌を打っています。
するとまもなくともなくゴールデンハーフの懐かしメロディが私の脳内に流れ込んで
おっさんとの間には湿り気たっぷりのコールとレスポンスが交わされたのでした。

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2005/06/29 (Wed) 03:33

現在購読している新聞には日曜版に書評ページが設けられていて、
メジャー所だと町田康や川上弘美、小泉今日子がルーティンで執筆している。
ちなみに今週は井上ひさしのインタビューが載っていた。
といってみたところで一冊も読んだことないから特に書くこともないんだけれど。
何を隠そう私はにわかロッテファンならぬにわかハードカバー中毒で、
たった今世界中に核ミサイルが落ちたり天変地異が起こったとしても
読書家はシェルターで救われてしかるべきと確信してやまない人間っていうのは嘘だ。
そんなこんなで先月は三浦しをんの「私が語りはじめた彼は」を読み、
今月は小川洋子の「博士の愛した数式」と打海文三の「ぼくが愛したゴウスト」を読んだ。
そういえばロジャー・ムーアのボンド映画に「私を愛したスパイ」というのがあったけど、
主題歌がカーリー・サイモンだったこと以外何も覚えていなかったりする。
あとZARDが主題歌の「彼女が嫌いな彼女」というドラマもあった気がする。

2005/06/28 (Tue) 02:03

珍しく早朝、というか夜更けに目が覚めました。
滅多にないことで「おっとこいつあ景気がいいな」と軽くほくそ笑みながら
滅多につけないワックスなんぞを誰に見せるでもなく頭の毛につけてみたのですが、
どう背伸びしても「LEON」のハードルは高すぎて到底届かないことに気付きました。
結局歯磨き粉の最後っ屁みたいなワックスがつむじにこびりついたまま
コンフェデのメキシコ対アルゼンチン戦を眺めつつグルーミングしていたら、
今度はオソリオのシュートがルクスに止められてから先の記憶がありません。
どうやら日の出から日没まで眠るというまさにドラキュラ状態だったようで、
いつのまに部屋の湿度は80%強、毛穴という毛穴から水蒸気が上っていました。
しかし災い転じて何とやらで身体の代謝はすこぶるよくなり、
ついさっきも「何だこの金の延べ棒は!俺は金丸信か!」と思わず叫んでしまうほど
高い強度を誇る業物のうんこが勢いよく排出されたような気分爽快ぶりです。
とりあえず今日は早稲田にビル・ゲイツがやってくるので、
水をかける篤志家が現れることをこっそり期待しながら布団に潜りたいと思います。
おやすみなさい。

2005/06/26 (Sun) 00:39

体毛という体毛をごっそり抜き取ってしまいたい。

「毛」なるものが本来人間の身体を保護する目的で生えとることぐらい
私もそうそう馬鹿ではないので重々承知しているがしかし、鬱陶しい。
せめて「冬季限定」とか「夏季厳禁」という塩梅にはしてもらえぬだろうか。
せっかくの逢い引きなのに強い照り返しで彼氏の鼻の下にうっすらと滲んだ汗が
三陸の岩肌を思わせる不器用さを醸し出していることを多感な彼女は見逃さんし、
赴任初日にうっかりノースリーブで登校してしまった女先生に対して、
「わからないことは手を挙げてね」の「て」の部分で腋から覗かせる大人の片鱗を
発情期前夜の小学生たちが何食わぬ顔で見過ごすはずがないのだが
うにうにいったところで暑いのに変わりはないからやむなく茶でも飲んでいたら
どこからともなく、いつ嗅いでもやんごとない酒の薫りが漂ってきた。
大木凡人みたいな女子大生だった。
凡ちゃんは友人たちと近くのベンチに腰掛けると「ばあっ」と呻いた。
側にいたらクラクラしそうだ。だんだんウルトラマンのガラモンに見えてきた。
と、友人の一人が「フツカヨイ?」と聞いたので
待ってましたとばかりに彼女は「うん先輩に拉致られちゃってえ」と相好を崩した。
なんでも凡ちゃんはまだ大学一年らしい。
4月献血カーの中でテニサーの副幹事長と出逢いワンサイドの恋に落ちたそうで、
副幹の彼としてはまったくもって不本意な社交辞令的勧誘をしたつもりが
ちょっぴり恋に奥手な男子からの猛烈なラブアタックと受け取られたようだ。
昨夜も新入生会費ゼロの飲み会にちゃっかり参加して生中13杯を平らげ、
「もう飲めなあい」と副幹の肩を借りて自宅まで押しかけたのはよかったが、
彼がすぐダウンしてしまったのでやむなくiPodを失敬してきたという。
やむなく?
端で聞く身分ながら、果たして何という鬼畜生だと私は憤怒と恐怖に震えた。
「で思ったんだけどさ今って財布なくすよりiPodなくす方がハズくない?」
「つーかさっき授業受けたんだけどフツカヨイで授業って学生っぽいよね」
「内容?やっべ全然覚えてねえだって寝てたし。すげえいびきかいちった」
生きる勇気が漲ってきた。

2005/06/22 (Wed) 16:47

Lullaby

玉葱というのは実に不可思議な野菜である。
人間と同じで、調理法次第では甘くも辛くも酸っぱくもなる。美味くも不味くもなる。
というのも今朝方ユースの試合にエキサイトしすぎてしまい、
自分のTシャツがすっかり玉葱色の匂いを放っていることに気付いた私は、
今その何とも妖艶で魅惑的な加齢臭に軽い眩暈を起こしながら日記を書いている。

また昨日も、不自然にならない程度に身体を動かすべく電車に乗った。
また帰宅ラッシュ時だったせいか、会社員や専門学校生はそろって虚ろで、
やがて電車が乗り換え線の三本ある大きな駅に停まると、
おそらく10代後半から20代前半と思しきマンバ二名が乗り込んできたのだった。
一人は「ふぞろいの林檎たち」の中島唱子みたいな、というたとえがぴったりで、
もう一人は「北の国から」の中島朋子みたいな、という比喩がおあつらえ向きだった。
ちょうど私はチャック・パラニュークの「ララバイ」を読み終えたばかりで、
冒頭部分で描写されているクロスワードのことを思い出して
「こいつら10文字でいうたら"amvibalent"やな。スペルちゃうか」などと考えていたら
突如彼女たちは乗車率90%以上の中心でうんこ座りをし、
手慣れた動作で化粧とメールついでにコンビニで買いたての弁当を広げ始めた。
次の駅で乗ってきたおばあちゃんおじいちゃん、
立ち歩きを始めたばかりの女の子とその母親が二人の膝にぶつかって蹴躓いた。
おばあちゃんおじいちゃんは苦痛に顔を歪ませるばかりで、
愚痴一つこぼさぬ母親の代わりに泣いて正常に異常を訴えるのは女の子だけだ。
他の乗客はうっさいぼけしねとでも言いたげな舌打ちや咳払いを繰り返しており、
殺気に近い視線を感じ取った母親はすいませんすいませんと頭を下げている。
そして当のマンバは、笑っている。馬っ鹿じゃねえの何こいつ泣いてんだろマジ弱ぇ。

ところで、「ララバイ」に登場するテーマの一つに「徹底破壊の正当性」がある。
殺されるべきと思う人間を、自分が殺さない理由は果たしてあるのかという問題だ。
パラニュークも解説の川本ケンも「ない」としている。私はよくわからない。
「わかっているのは、何もわかっていないという一点だけだ。」
ただ「ない」という意思を実行に移すかどうかは、また別の問題だと思う。
少なくとも私にマンバをどうこうする資格はない。
いつだったか法学の講義中、教授が最前列で眠る私に質問したことがあった。
「女性が離婚後6ヶ月は再婚できない一番の理由って何だと思いますか?」
パブロフの犬は答えた。玉葱の皮を剥くように、ごくごく自然に。

「罪悪感」

口に出してすぐ、「細胞レベルから人生やり直したい」と思った。

2005/06/21 (Tue) 15:13

耳に痛いほど夏の足音が聞こえる。

しかしここ数週間、私は近所をぶらぶらしてるだけの毎日なので
知らないうちにぽっこり下腹が出てきてしまっており、本当にピンチである。
煙草でも吸おうかと思うが買う金がないし、
運動して汗でも流せば少しは痩せるかと思うが洗濯代とシャワー代がもったいない。
やむなく、不自然にならない程度に身体を動かせるという理由で電車に乗った。
ちょうど帰宅ラッシュ時だったので車内にはサラリーマンと部活終わりの女学生、
あとなぜかしらんが体育教師みたいなルックスでビールを飲んでいる角刈りもいた。
むろん私は彼らに何の関心もなく、左隣に立っている老人だけを眺めていた。
老人は釣りに行くときのようなファッションをしており、
帽子はキャスケット、半袖のシャツからは剛々毛々とした腕が伸びている。
まるでアマゾンであった。赤道上を走るマングローブであった。
幼少期はシベリアのタイガだったのかもしれないが、
仮に私がどこぞの蚊として迷い込んだら、瞬く間に窒息死してしまうに違いない。
そんなことを考えていると、
おもむろに老人がつり革を掴んでいる手を自分の顔の位置まで掲げ

「くいっ」

何かが動いた。人的作用が働いて確実に何かが動いた。
あまりに突然の出来事で、それが彼の力こぶだと理解するのに私は時間を要した。
その後も何度か老人は力こぶを「くいっ」「くいっ」と動かした。
というかそれはまさにボディビルダーのそれであった。
誰に見せるというわけでもない、見ているのは私一人だったし、
あのこってりしたローションも、「きれてまーす!」という声援を送る同士もなかった。
思えば彼の剛々毛々に気付いたときから私は漠然とした予感を感じ取っていた。
何かが起こる。この老人は今にきっと何かをしでかす。
そして実際に彼は何食わぬ顔で意のままに操られている筋肉に酔いしれている。
とにかく私の予感は的中した。
何のための剛々毛々なのかはともかく、臭い物は元から臭かったのだ。

2005/06/18 (Sat) 09:30

murasakitaro001.jpg

携帯のアラーム一回しかセットしてないのに、
しかも一睡もしてないのに三回かかってくれやがりました。

2005/06/17 (Fri) 21:25

曽我部のライブに行ってきます。

その昔「オールナイトでぶっ飛ばせ!」という歌詞に我を忘れたこともありましたが
徹夜で事に打ち込むなんていうのは生まれてこのかた、どうにも性に合いません。
打ち込む以前にどう打ち込むかを考えている時間がとてつもなく長いからです。
「どないしよっかなあそや思いつくまでテーブルテニスでもしよ」
てな具合でまず木製のテーブルを二枚、
横長に並べ一人テーブルテニスに興じ始めてしまうのがいけないんだと思います。
そのうち「身体動かしとったら腹減ってきたなあキムチでも食うか」となり
「口ん中酸っぱいなあビールで濯ぐか」というていたらく。
気付けばすっかり朝で「しもた。プレゼン資料用意するんやった」となるわけです。
そして今日も久方ぶりにビールを飲んだらどうやら第三のビールだったようで、
家人から「そないけったいなもん飲まんとビールにしやんせ」と怒られました。
というかライブなんて一年ぶりなのです。
箱庭でレゴブロックすら弄らせてもらえない毎日を送っている私には
数多のミュージックフリークスと単身対峙するなんておっかなくっていけません。
だいたいフラカンやらスクービーやらせっちゃんやら、曲を知りません。
といって、無駄に縦ノリしてたら
「僕ちゃん素人でしょう。もういちげんさんはコレだから困るわあ」と胸ぐらを捕まれ、
黒人ボデーガードの手で深夜のラブホ街に放り出されてしまうに違いありません。
そして私には碁石と軽石の区別もままなりません。
大層なディックもないし道玄坂を歓喜の渦に叩き込むことも困難でしょう。
どうやらこの調子だと、「愛のコリーダ」の殿山泰司みたいに
フルスロットルチンポテンスで渋谷の界隈を練り歩くことになりそうです。楽しみです。

2005/06/16 (Thu) 22:11

la7842001.jpg

買いだめしていたひき肉と卵で軽くそぼろをつくった。
カップスープのミネストローネと一緒に適当に食べ、食器を洗い、
ベランダに立って「皆さんの声を政治に!」という女性の選挙演説を聞いた。
「皆さんの声を政治に!」の「皆さん」とは、いったい誰のことを指すのだろう。
以前ある授業で、腐った江川達也似の教授がブチ切れたことを思い出した。
たしか私の横にいた男女2、3人の私語が原因だったような気がする。
男の一人が合コンでお持ち帰りした女の子はなんと同性だったとかいう話で、
しかも選挙演説に近い音量とテンションで喋ってたもんだから江川は切れた。
そのとき彼は2度の世界大戦を例に挙げ、
2つの巨大勢力が均衡を保つ難しさを分析した学説を紹介していたのだが
「おいちょっと!」いきなり怒鳴った。「いったいぜんたいどういうつもりだよ」
数分前に「暑いったらありゃしないね」という独り言とともに紺のジャケットを脱ぎ、
上半身は白のポロシャツ一枚になっていたにもかかわらず、
江川はその額と腋から滝のような汗とラフレシアのような悪臭を発していた。
加えて100人ほどの学生が退屈な講義に身を持て余している授業である。
グループの誰一人として謝罪の言葉を述べるつもりはなさそうだったし、
それを見咎める外野も皆無だった。
「こうやって一生懸命説明してんだからさあ。ちゃんとしようよ。頼むよみんな」
「みんな」って誰だよ。はは。誰かが笑った。江川は自嘲的になった。
「自分がおかしいのはよくわかってるんですよ」卑屈な笑みが浮かぶ。
「みんなの冷ややかな視線も痛いほど感じます」
何を言っているのだこの男は。だから何だ。それに出たまた「みんな」だ。
もはや学生たちとの勢力均衡を保つことが困難なのは彼本人であった。

かつてジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ロバート・ジョーンズは、
「ロックンロールの自殺者」という曲の中で「君の手を!」と叫んだ。
ここでいう「君」とはつまり、私やあなたや彼や彼女を指している。
失うにはもう年老いすぎてるし、選ぶにはまだ若すぎるけれど
君は一人じゃない、さあその両手を差し出してくれとジギーは叫んだのである。
現代その意味が露と消えかかっている目的語には当時それなりの意味があった。
しかしジギーは虚像だった。
虚像を演じ続けることに疲れたボウイは薬物に逃げた。
やがてボウイであり続けることにも疲れたボウイはベルリンに飛び、
イーノと「ヒーローズ」を生み、ナイル・ロジャースと「レッツ・ダンス」した。
そして去年ヴィッテルのCMで見たボウイは、まぎれもないボウイ自身だった。
数十秒の映像の中にはジギーがいた。ダイヤモンドの犬もいた。
そこには、彼の傾き上げてきた人生すべてが凝縮されていた。私は泣いた。
リュミエール兄弟に感謝した。尻は積み重ねてこそ意味があると思った。

2005/06/15 (Wed) 13:28

日曜は午後から美容院に行った。

担当は田中美保似のいかにも読者モデルっぽい女の子だったが、
約90分の浅い眠りから目覚めた散髪台のグレゴール・ザムザこと私の眉は
石原良純ばりの勝ち気な毒虫眉に豹変していてすっかり絶望したのだった。
人生には往々にして事ある毎に己が敗残者であると痛感させられる瞬間がある。
黄泉の河畔でサンタナの「哀愁のヨーロッパ」を爪弾いては
100万ドルの愛想を取り繕い、死ぬまで周囲にばら撒き続けるライフスタイルこそ
自分には相応しいのだろうと悲嘆に暮れる私をよそに、
担当の田中美保は「畳の線は踏んじゃダメなんです」と茶道の話を始めていた。
高校時代、田中は選択科目で裏千家の先生に習っていたそうで、
「裏千家ってお茶と一緒に洋菓子が出るんですよ。うふふ」と笑っていた。
笑いながら、私は洗髪台にねじ伏せられ、括り付けられた。
その光景はさしずめ「マラソンマン」という古いサスペンススリラーの、
ダスティン・ホフマンがローレンス・オリヴィエに歯を抜かれるシーンのようだった。
なんだかくらくらしてきた。入梅のせいだ。なまじ可憐な彼女も悪い。
「あの、突然なんですけど」田中が切り出した。
「何」「お料理に大切な『あいうえお』って知ってます?」
「『さしすせそ』の間違いやろはげ」と頭ごなしに否定するのも大人気ないし、
訂正したら今度は自分が「『そ』はソースの『そ』」と本気で間違えそうだったので、
さもしりなん生き恥の上塗りだけはどうにか回避すべく
「知ってる。『あ』は『愛情』の『あ』や」と紳士的に答えた。夕凪が訪れた。

2005/06/10 (Fri) 02:56

魚屋で店主にマグロの赤身とアジのたたきを頼んだはずが
ヤーコンの山盛り入った土臭いビニール袋を手渡されたことを除けば、
今日はご近所との長屋話的コミュニケーションにすべてを費やした。
モールスキン社製の手帳には「終日:井戸端ミーティング」と記され、
議題はなぜだか私の結婚についてであった。
「オッサン」「出産」「お孫さん」というフレーズを幾度となく浴びせられた。
年長者の忠告は無論、花嫁の放るブーケのようにありがたく頂戴すべきだが
オッサンになったからといって幸福な結婚ができるわけじゃなし、
二親に初孫の顔を見せる計画もない。すべての予定は未定である。
だいたい結婚というのもニッポン放送にとっての新株購入権発行というか、
早い話が企業の存亡を賭ける大博打のようなもので、
私ごとき弱小ベンチャーには見通しのよい横断歩道ですらリスクの塊であり、
明確なヴィジョンもなしにはじめの一歩を踏み出す行為など
「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」に登場する第二の試練「神の道」を
サー・ショーン・コネリーの助言も聞かずに渡るような無謀にほかならない。
つーか生殖器と生殖器をかち合わせること自体、そもそも私は興味ない
というのははったりだったりするというのもはったりだったりする。

2005/06/06 (Mon) 13:29

たとえ酒の席での軽口であったとしても、
人を指さして「雨男」というやつほど信用できないものはない
という軽口をたたいてみたところで僕はもうどうしようもなく雨男らしい。
先月の終わりに仙台へ1泊2日の旅に出た友人2人が
両日とも散々な天気だったのを東京にいる僕のせいだといったのである。
たしかにフジロックも初参戦から雨の降らなかったためしがないし
おかげで大切にしていた携帯や友情もみな濁流に押し流されていった。
得る物の代償に失う物の方が大きいということは得てしてありがちで、
バーゲンで買ったTシャツを着て外に出たら人間そのものを安物扱いされたり
かっこつけで売られたケンカを買ったら案の定その日は帰らぬ人となったり
一週間に月曜が二度続いたり。そんな日日を幾度となく僕は繰り返している。

2005/06/03 (Fri) 21:24

holybible001.jpglongwaybaby001.jpg

芦屋のマダムが平日のハリーウィンストンで踊る宝石を買い荒らすように
近所のポプラで「その棚に並んでる烏龍茶全部欲しくってよ。」と言ったら
少なくとも私より10は年嵩が下回っていそうなブルネットの店員に
まったく彼女の毛虱にも劣るといわんばかりな表情でガン無視された。
ああ哀しいかな世代間異文化交流の欠如。
またぞろティーンにぺろぺろと嘗められてけつかったおべっかである。
だが狭量な若者には一層の度量、社会の寛容というやつが必要でして
しかも烏龍茶+αでビールまで飲む別腹を持ち合わせてないのが幸いし
ここ数週間で7㎏の減量に成功して私は大変ご機嫌が麗しかったので、
さすがに4番センターSHINJOのようなソース顔とはいかないまでも
シーブリーズのようにスッパークールな返答をしてやったのだった。
とはいえ私の全体重に比すれば7㎏などほんの雀の涙に等しく、
初めてファットボーイスリムのセカンドを手にしたとき感じた相対的類似性を
自分は一刻も早く思い出すべきだとこの日記を書きながら気付きました。

2005/06/01 (Wed) 14:09

ごく平均的な物事をごくごく平均的に見極めてきたつもりで、
消化されずに肛門から出てきたニラやエノキダケに狂喜乱舞したり
陰毛をひじきの煮付けに見立てて炊きたてご飯の上に載せたりもせず、
やれ不謹慎だ下品だえげつないなどと言われたこともなかったはずの私が
あろうことか、昨日電車の中で読んだ東スポ一面に爆笑してしまった。

「貴ノ花 親友輪島 独占追悼」

実にあっさりしている。「よみうり川柳」なんかの百倍シンプルだ。
が、三行広告のようなインパクトもある。
大体なぜ「追悼」を「独占」するのだ。そもそもしたりされたりするものなのか。
だとしたら初めて知ったよ。俺アホやった。東スポ賢いな。

<東京スポーツ風>
「貴ノ花 親友輪島 独占追悼」

<週刊少年ジャンプ風>
「親友輪島の貴ノ花追悼コメントが読めるのは東京スポーツだけ!」


どうかしている。
こんなことをつり革で懸垂しながら考えてる私の頭は明らかにどうかしている。
もしテイトウワがDJの最中トレードマークのおかっぱを脱いだら
「SOMETIME SAMURAI」でアゲアゲだった人たちも踊るのをやめるように、
チェンジアップでサインが一致したはずが
サークルチェンジを松坂から放られたときの西武・細川のように、
まるで自分が信じられなくなりました。もはや便の出もコントロールできません。

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