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2005/04/14 (Thu) 19:30

ある日の午前中、目の前を一組の老夫婦が歩いていた。
彼らの足運びは、かの旧東ドイツが生んだ競歩のスペシャリスト、
ハートヴィッヒ・ガウダーを彷彿とさせるリズミカルで力強いものだった。
人を追い越すのは屁とも思わないくせに、
人に置いてきぼりを食らうのがブスの握りっ屁より嫌いな僕は、
彼らと自分との距離が500mから開きつつあることに気付いて走った。

いや違う。「走るように歩いた」のだ。
親友が処刑場で待っているわけでもないから走りこそしなかったが、
あのとき目の前にいた老夫婦は間違いなくセリヌンティウスだったし、
邪智暴虐の王も己の心にあった。だから走るように歩いたのである。
そして、炎天下でひどく喉が渇いた僕は頭の中に「水」を思い浮かべた。
水、ウォーター、w-a-t-e-r。
大竹しのぶに柄杓で殴られる菅野美穂の絵がよぎった。
彼女たちに激しいリビドーを覚えながら、
脳内には無尽蔵のβエンドルフィンが分泌され、未曾有の恍惚が訪れた。

でもふと気がつけば、
そこは海抜ゼロメートル地帯にあるニューセントラルリバー沿いの土手で、
冷々の氷水と数々の女性と熱々の湯船が待っていたはずなのに、
実際は足を上げながら排便している犬に吠えられていただけだった。
間が持たないので照れ隠しに犬に軽く舌を出した。軽く勃起もしていた。
どうしてくれよう、と思ったがどうしようもなかった。

結局何が言いたいのかというと、
ランナーズハイやクライマーズハイを経験したことはないが、
ウォーカーズハイならあって、それはとてつもない陶酔感だということだ。
かつて早稲田-靖国神社間を往復で全力闊歩して帰路についたとき、
飲んだばかりのゲータレードを買ったばかりの状態で吐いたことがある。
口の両端から半透明の液体を垂れ流しながら、
僕はあはんあはんと笑ってオフスプリングを絶唱していたというのだが、
数日後友達からいやいや聞かされた話でまったく記憶がない。
馬を速く走らせるために鼻先に人参をぶら下げるとはよく聞くけれど、
たぶん僕以外の人間も自分の鼻先に何かをぶら下げたふりをしていれば、
そんな笑みをたたえながら半永久的に走り続けられるかもしれない。
いや走れないかもしれない。でも走らなければならない。
人生はマラソンだ。それもゴールのないスパルタスロンだ。かしこ。

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